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東京地方裁判所 昭和62年(特わ)860号 判決

主文

被告人を懲役三月に処する。

未決勾留日数中三〇日を右刑に算入する。

この裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。

被告人を右猶予の期間中保護観察に付する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、所轄警察署長の許可を受けないで、昭和六二年三月二四日午後一〇時三〇分ころから同日午後一一時五分ころまでの約三五分間、東京都台東区上野六丁目一一番一一号先道路において、場所を移動しないで、ラーメンを販売する屋台店を出して道路を使用したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(弁護人の主張に対する判断)

一弁護人は、本件公訴事実がそのまま認められるとしても、被告人の行為は道路交通法七七条一項三号にいう「場所を移動しないで」の要件を充たさないから、被告事件は罪とならない旨主張するので、以下判断する。

二道路交通法七七条は、一項において、その各号に掲げる行為をしようとする者に対し、当該行為にかかる場所を管轄する警察署長の許可を受けることを義務づけるとともに、二項において、右許可申請を受けた所轄警察署長は、当該申請にかかる行為がその各号のいずれかに該当するときは、許可をしなければならない旨規定し、同法一一九条一項一二号は、右許可を受けることなく当該行為をした者を三月以下の懲役又は五万円以下(本件当時は三万円以下)の罰金に処する旨規定しているが、これらの規定の趣旨は、およそ道路において、同法七七条一項各号に掲げるような、道路本来の用途に即しない、道路を特別に使用する行為を無制限に行わせるときは、道路交通の安全と円滑を図る上に少なからぬ障害を生ずることとなるため、これを一般的に禁止するとともに、所轄警察署長が特に支障がないと認める場合には、その禁止を個別的に解除してその行為を適法になしうるようにする、という点にあるものと解されるところ、同項三号所定の「場所を移動しないで、道路に露店、屋台店その他これらに類する店を出す行為(以下「出店行為」という。)が許可の対象とされる理由は、それが相当時間道路を使用する結果、交通の円滑を阻害し、又は交通の妨害となる虞れがあることにあると考えられるから、同号にいう「場所を移動しないで」の意義も、基本的には、交通の円滑を阻害し、又は交通の妨害となる虞れのあるような相当の時間、継続して道路の一定場所にとどまることをいうと解すべきである。

したがつて、右時間の長短は、当該場所の道路状況、人車の交通状況、出店行為によつて使用される道路空間の大きさ、出店行為の業態等の諸事情を総合考察し、社会通念に照らして判断するほかはなく、一般的には、いわゆる裏通りよりは表通り、交通量の少ない時間帯及び場所よりは多い時間帯及び場所、出店行為によつて使用される道路空間が小さい場合よりは大きい場合、単純な物品販売の場合よりは周囲にいわゆる立ち食い客が出る飲食物提供の場合、においてより短い時間で右の要件が充たされるものというべきであり、これを道路状況、交通状況、使用空間の大きさ、業態等の如何にかかわらず一律に定めることはできないというべきである(この点に関し、一書に「この場合における『場所を移動しない』期間は、一時間とか二時間とかいうものではなく、交通の妨害になるおそれのあるようなかなり長時間のことをいうものと解すべきであろう。」とあるのは、必ずしも十分な分析に基づく議論とは思われないので、当裁判所はこれを採用しない)。

もとより、同項三号の反面解釈として、場所を移動しながら、道路において物品を販売し、又は飲食物若しくは役務を提供する行為は、許可の対象とされていないと解されるところ、これらの行為をする場合にも、少なくとも一人の客に対して物品を販売し、又は飲食物若しくは役務を提供するのに必要な時間は、道路の一定場所にとどまらざるをえず、かつそうすることは同項によつても禁止されていないと解されるから、同項三号の解釈としても、少なくとも一人の客に対して物品を販売し、又は飲食物若しくは役務を提供するのに社会通念上必要と認められる時間、継続して道路の一定場所にとどまることは、「場所を移動しないで」の要件を充たすものではないと解すべきである。

もつとも、そうであるからといつて、一人の客に対する物品販売又は飲食物若しくは役務の提供が終了するまでの間に次の客が現われたとしても、その客に対して同一場所で引き続き物品を販売し、又は飲食物若しくは役務を提供することが当然に許されるわけではない。けだし、これを無制限に許すならば、一般に人通りが多く、出店行為が交通の妨害になり易い場所ほど、次々と客がついてますます移動しないでよい時間が長くなる、という矛盾した事態を生じ、交通の安全と円滑を図ることを目的とする同法の立法目的が達成されないこととなるからである。

三以上に照らして本件を見れば、前掲各証拠を総合すると、(一)本件現場は、上野駅不忍口から中央通りを隔てた南側歩道上で、国電(当時)のガード下にあたり、歩道の幅員は6.1メートル、車道の幅員は27.37メートルと広く、付近は国電(当時)と地下鉄の各上野駅への乗降客等人通りの多い場所であり、平日の夜間でも人通りが多く、本件当日(火曜日)の夜にも酔客など上野駅に向かう通行人が多数あつたこと、(二)本件屋台店は、リヤカーに木製屋台を取り付けたもので、高さは1.9メートル、長さは引手を含めて2.3メートル、幅は本体のみで1.1メートルであり、回りには湯水等を入れたポリバケツ三個とポリタンク一個が吊り下げられ、本件当時は車道の側端から4.5メートル入つた歩道上に車道と平行に設置され、歩道に面した寿司店(終業後)との間には幅約0.5メートルの空間を残すのみであつたこと、(三)被告人は、主として右空間に立ちつつ次々と訪れる客にラーメンを提供していたため、周囲の歩道上にはほぼ常時数名の立ち食い客ができ、一般の通行人はそれを避けて通るような状況にあつたこと、(四)被告人の屋台店を訪れる客一人が注文したラーメンを食べるのに要する時間は平均約五分であり、これに注文を受けた被告人がラーメンを作つて出すのに要する時間約五分近くを加えても、一人の客の応待に要する時間は平均して約一〇分程度であり、この時間は、二、三人連れの客が同時にラーメンを注文したような場合にもさして変りがないこと、の各事実が認められ、以上によれば、本件当時、本件現場において、本件屋台店を出し、本件のような業態で飲食物を提供する行為に関しては、約三〇分程度継続して道路の一定場所にとどまるならば、優に「場所を移動しないで」の要件を充たすものというべきであり、この意味において、本件現場を管轄する警視庁上野警察署交通課が本件屋台店と同種の屋台店に関し、三〇分を超えて継続的に道路の一定場所にとどまつていた場合に、同法一一九条一項一二号、七七条一項三号にあたる反則行為として処理する方針をとつていたことには合理的な理由があるものというべきである。

してみると、被告人の判示所為は、同法七七条一項三号にいう「場所を移動しないで」の要件を充たすものというべきであるから、弁護人の主張は採用することができない。

(法令の適用)

一  罰条 昭和六一年法律第六三号による改正前の道路交通法一一九条一項一二号、七七条一項三号

一  刑種の選択 所定刑中懲役刑選択

一  未決勾留日数の算入 刑法二一条

一  刑の執行猶予 刑法二五条二項

一  保護観察 刑法二五条の二第一項後段

一  訴訟費用 刑事訴訟法一八一条一項本文

(量刑理由)

被告人は、自ら飲食店を開業する資金を得るため、短期間に多額の利益を上げようと企て、違法行為と知りつつ本件犯行に及んだもので、その動機において酌量の余地に乏しく、また平日の夜間でも相当に人通りの多い上野駅付近の道路上に約三五分間にわたり高さ1.9メートル、長さ2.3メートル、幅1.1メートルの屋台店を出し、その間ほぼ常時数名の客をしてその周囲で立ち食いをさせたもので、その態様においても悪質であり、更に連夜のように交通量の多い道路上に出店し、多数の一般通行人をして迂回することを余儀なくさせた点において、道路交通秩序に与えた影響は軽視しがたく、被告人がこれまで同種罰金前科三〇〇犯以上を重ね、昭和六二年二月二七日には東京地方裁判所において本件と同種の屋台店による約一時間に及ぶ無許可道路使用により懲役三月、三年間執行猶予の判決を言い渡されながら、またも本件犯行に及んだことを考慮すると、その規範意識は著しく低いというほかなく、被告人に対しては実刑をもつて臨むことも十分考慮に値するところである。

しかし他方、本件犯行自体は前件の違反行為に比べて違反にかかる時間が短く、前記処理基準に照らしてもその逸脱の程度が必ずしも高くない上、被告人は、法定刑の長期を超える約三か月半に及ぶ未決勾留により既に相当の社会的制裁を受け、また本件公判を通じて自己の行為を反省し、今後は屋台営業を廃し、妻子ともども郷里の○○県に帰つて実兄の斡旋する他の職業に転じたい旨供述しているほか、郷里に住む実兄も被告人の監督と就業斡旋を誓約し、幼い長女を養育する妻も被告人に従つて転居してもよい旨供述しており、加えて被告人には前記の前科のほかには前科がなく、妻及び長女とともに円満な家庭生活を送つていることなど斟酌すべき事情も多々存在する。

そこで、これら諸事情を総合考慮すると、被告人には情状特に憫諒すべきものがあると認められるので、今回に限り、その刑の執行を再度猶予することとした。

(求刑懲役三月)

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官渡邊壯)

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